5年位前?に癒しの島にゴージャスなクルーザーが停泊していた。
そんじょそこらのクルーザーではない、どこかの芸能人でもきたかぁ?と思いおふくろに聞いてみると、ご近所の旅館に森繁久彌が来ているというΣΣ(゚д゚lll)
森繁久彌の話から抜粋
森繁久彌が西伊豆の戸田と言うところにクルーザーを停泊させウィスキーを飲んでいたところに青年が声を掛けてきた。
「森繁さん、森繁さん。そこへ行ってもいいですか」
森繁は気さくな男であり、快く船に招いた。
「ああ、来たかったらいらっしゃい。船も見てください」
船の中で一杯差し上げると、その青年が言った。
「森繁さん、妙な質問ですが、あなたは神様があると思いますか」
森繁
「ああ神様ね。うちにも神棚はあるのですが、榊なんかは乾燥してしまってね。あんまりお参りしないのです。あなたはどうなの」
青年
「僕は絶対神の存在を認めます」
森繁
「ほう、お若いのに珍しい。どういうことですか」
青年
「それは私の経験から来たものです。それを話しでいいですか」
青年
「簡単な話ですが、マリアナ台風の話はご存じですか」
森繁
「聞いたことはありますが……」
青年
「この台風でたくさんの漁船が遭難し、戸田の船も三隻沈没しました。私も乗っておりました。そのころ私は十六歳だったんです」
以下神を見た男の話
マリアナ台風で遭難青年は、マリアナ台風によるカツオ漁船の遭難の模様を話し出しました。
マリアナ諸島は、太平洋のど真ん中の赤道に近いところにあります。そこに日本のカツオ漁船が集団で、お互いに連絡をとりながら操業していたのです。そのうち台風が来るとの知らせがあり、各船は避難場所を捜しはじめました。
しばらく経つと“ただ今の気象通報は間違いでした。台風はそこを通りません。との連絡が入り、みんなほっとして“よかったな”と言いながら働いておりました。
するとまた“台風の進路は、相変わらずそちらへ向かっております”と無線電信が入りました。
「ええ、なんじゃ、いい加減なことばかり言うな。今度は通るんだってよ」
漁を打ち切り、あわてて荒天準備には入ったのです。
台風がきました。山のような波が船に襲いかかります。僚船が転覆して、たくさんの人が泳いています。それを助けようとした船もひっくり返るということで、大騒ぎになりました。
九死に一生を得るそのとき突然、私は荒海に投げ出されました。一生懸命泳いているうちに、一五から二〇メートルの波に翻弄され、酔ってしまいました。船乗りが酔うというのはおかしいのですが、海の中で吐くのです。吐くものがなくなると、海水を飲んでそれを吐く有様です。運よく大きな枕ぐらいの木切れを見付け、それを浮き代わりにして浮いでいました。
台風一過と言いますが、一晩経ち朝がきますと、あれほど荒れていたマリアナの海も静かになりました。回りには、人も僚船の影も見えません。だれか来ないかな、だれも来ないなあと、ぼんやり浮いていたのです。
シイラ(魚)が寄ってきて、体をつつきますが、追っ払う力もありません。その晩も悲しく暮れ、夜明けの四時ごろにトントントントンという音を聞いたのです。ああ船だ。しかし、力はほとんどなくなっており、やっと手を上げて「オーイ」と言っても声がでません。
そのうち、船が見付け「おーいいたぞ。こっちだ」と近づき、どんと引き上げられ、デッキに寝かされました。魚倉には、死体が詰まっていると教えられました。
疲れ果てて、私はその場で二時間余り寝だそうです。その間に、船は油がなくなり、戸田へ帰ろうということになり、戸田へ向けて走っていたのです。
「船長はどこにいますか」
「ブリッジで舵をとっている」
「ああそうですか」
青年は船橋へ上がりました。
「船長さん。助けていただいてありがとうございました」
「そんなことは……、海の人間はみんな助け合わなきゃな。どうしたんだ。何か用か」
「ええ、すみませんけれども、私を救ってくださった所へ、もう一度帰っていただけませんか」
「何を言っとるんだ君は、命が助かっただけでも喜べ」
「喜んでおります」
「何かそこにあるのか」
「あの、私を助けてくれました木切れがありまして、それを忘れてきましたので、取りにいきたいのです」
「だめだ。命が助かっただけでもありがたいと思え」
「そうは思いますが、どうしても木切れがほしいのです。うちに持って帰って神棚に供え、生涯拝もうと思っているのです」
「結構なことだけどな、この船も燃料がないのだよ。お前を引き上げてから三時間以上も経っているのだ」
でもその青年は、船長の足にまとわりついて
「お願いですから、ぼくの木切れを取りに行ってほしい……」
「お前、そこでせいぜい泣いておれ。そんな物を取りに行ってる間にまた災難が起こるぞ」
海に神は存在した四時間経ちました。さすがに船長は海の男です。
「お前にわしは負けた。えらい奴だ。幾つだ」
「十六です」
「十六にしては、えらくできている。いま戸田へ電話して、船で油を持って来いと言った。しようがないから、さっきお前を乗せた所まで帰るか。往復で八時間かかるのだぞ。じゃ行ってやろう」
船長は船を回して元の場所に向かいました。海図を見ながら船長は
「お前を見つけたのはこのへんだぞ。気のゆくまで捜せ」
一生懸命捜しました。しかし、そんなものが太平洋で見つかるはずがありません。強力なライトで海上を照らします。それでも見つかりません。そのとき遠くに何となく光るものが見えました。
「船長、あれは何ですか」
「あれは……、おい双眼鏡を持って来い」
「あれはいかだだな」
「一緒に行ってくれませんか」
「よし行こう」
船をいかだに向けて、突き進んで約二十分走りました。
そこには救命いかだの上に、六人の命が待っておりました。
木切れは見つからなかったけれども、六つの命があったのです。
「森繁さん。ぼくね、ほんとに神様はあると思っています」